フランス発のマガキ特異的カキヘルペスウイルス
新変種 (OsHV-1 μVar) の世界的な感染拡大

世界かき学会会長 
森 勝義
 

従来,海産二枚貝にカキヘルペスウイルスが感染しているという報告は世界各地でなされており、必ずしもフランスのマガキ Crassostrea gigas に限ったことではない。アメリカガキ C. virginica、 ヨーロッパヒラガキ Ostrea edulis、 アンガシガキ O. angas のようなカキ類のみならず、アサリRuditapes philippinarum でも既に報告がある。カキ斃死との関係で本ウイルスが話題になり始めたのは1991年頃からで、そのきっかけは、特にフランス産マガキの幼生と生後3ヶ月から1年までの若い個体に異常斃死が毎年夏に発生し、その原因の1つとしてカキヘルペスウイルスの関与が疑われるようになったことである。本ウイルスはその後カキヘルペスウイルス-1 (OsHV-1) と命名されたが、2008年まではこれがマガキ大量斃死の主因であるという確たる認識はなかったと言ってよい。

ところが、2008年夏にフランスで、生後12から18ヶ月の若い養殖マガキに40から100%に及ぶ斃死率がほぼ全国的に観察された。フランスの主要な研究機関である Ifremer によれば、これらのカキは富栄養条件下で過度に生殖巣を発達させたために体エネルギー消耗が激しくなり、したがって生体防御能力が低下し、結果的に OsHV-1への抵抗性が弱まり斃死したということであった。しかし、養殖マガキの大量斃死が全国的に拡大する中で、アルカッションだけは例外的に斃死を免れたが、その理由は明らかになっていない。

 フランスのカキ産業界を震撼させたこの2008年における "Summer mortality" について Ifremer が精力的に調査研究し、OsHV-1の新変種が深く関わっていることを突き止めた。マガキに特異的な強い病原性を示すこの新変種は OsHV-1 μVar と命名された。当初はフランス国内に限定的に検出されていたが、その伝播は2009年にはアイルランド、2010年には英国に及んだ。いずれも養殖マガキの種苗はフランスから輸入されたものであった。フランスでは2009年にもこの新変種の関与が疑われる大量斃死が発生し、ついに2010年には同国のマガキ養殖は壊滅的打撃を受けるに至った。

Ifremer の調査研究結果が生かされていれば、少なくとも英国への伝染拡大は避けられたかもしれないが、残念なことに現実にはそうならなかった。なぜなら、英国による種ガキ輸入規制の試みは、2国間の合法的な商取引への不当な干渉だというフランス側の強い抗議で実行されなかったからと言われている。儲けさえすればよいというエゴがまかり通ったのである。また、パリに本部がある国際獣疫事務局 (the World Organisation for Animal Health, OIE) によって指定された貝類の重要疾病のリストに OsHV-1 μVar の名称が入っていれば、今回のようなウイルスに汚染した種カキの国際貿易は事前に中止されたであろう。

 さらに深刻なことは、この新変種のマガキへの感染がヨーロッパを越えて南半球にまで拡大してしまったことである。2010年11〜12月(初夏)にニュージーランド北島で、2011年1月(真夏)にはオーストラリア南東部で斃死マガキから OsHV-1 μVar が検出された。両国とも被害海域は現在のところ限定的であるが、その斃死率は非常に高く、またその被害が幼若マガキに限らず、マーケットサイズのマガキにも及んでいることが注目される。オーストラリアで養殖されるマガキの種苗や成貝は広くアジアへ移植されているし、日本各地のオイスターバー等でも生鮮状態のオーストラリア産マガキが多く出回っている。これらの事実は何を示唆しているであろうか? それは日本への感染拡大の恐れである。

 ここで問題になっているマガキは、かつて宮城県から大量に輸出された種ガキの子孫である。したがって、現在日本で養殖されているマガキが、移植先のフランスで新たに出現した OsHV-1 μVarに対してどのような感受性を示すか等、カキ研究者にとっては新規の研究課題が提起されている。しかし、日本のカキ産業を守るために緊急に対応すべきことは、この新変種を日本国内に持ち込ませない効果的な方策を講ずることである。関係機関の早急の対応を期待する。